調査季報179号 特集:男女共同参画によって実現する女性活躍社会 横浜市政策局政策課 平成29年2月発行 ≪1≫女性活躍を進める各国の動向と日本の現状 ①世界経済の視点で考える「女性活躍」の論点~「Women-20(W20)」(2016年5月・西安)参加レポートから~ 大崎麻子 関西学院大学総合政策学部客員教授 (特活)Gender Action Platform理事、内閣府男女共同参画推進連携会議有識者議員 編集協力 小安美和 1 「持続可能な開発目標の実現(=SDGsの実現)」に不可欠なもの  W20とは2015年のG20(注1)の議長国トルコのイニシアティブで発足したG20の公式エンゲージメント・グループである。ジェンダー平等の視点と女性の参画・リーダーシップの推進をG20のアジェンダ及びすべてのプロセスに主流化していくことを目的としている。 2016年のG20の議長国は中国。1年間にわたり、貿易、女性、ユースなど、世界経済と密接に関連しているテーマについて中国各地でフォーラムが開催され、それぞれのテーマに関連した取組を行っている政府関係者をはじめ、研究者、実務者、民間企業やNGOの代表者が集い、活発な議論を交わし、提言をまとめた。それらの提言は、G20プロセスの中でも最も重要かつ影響力のある首脳会合、G20サミットに向けてのものである。9月4、5日に杭州で開催された2016年のG20サミットのテーマは"Towards an Innovative, Invigorated, Interconnected and Inclusive World Economy"。「成長のための新しい道」「より効果的で効率的な世界経済・世界金融のガバナンス」「活発な貿易と投資」「包摂的で相互に関連した開発」という4つの具体的アジェンダが設定されていた。そこで、W20は、これらのアジェンダを「ジェンダー平等」「女性」という視点から検討し、議論の成果をコミュニケとしてまとめ、G20首脳会合に提出することを目的として、同年5月24日から26日まで西安で開催された。 2 グローバル経済における『女性活躍』の論点は?  1995年の第4回世界女性会議では、ヒラリー・クリントン大統領夫人(当時)が演説の中で「Women' s rights are human rights(女性の権利は人権です)」と述べ、喝采を浴びた。ジェンダー平等と女性のエンパワーメントは、文字通り「人権の問題」であるということが国際社会で共有され、北京行動綱領にも根源的な価値として位置づけられている。  一方、2000年代に入ってから、世界銀行が「Gender equality is smart economics(ジェンダー平等は賢い経済)」という政策を打ち出し、世界経済フォーラムも2006年からGlobal Gender Gap Reportを発表し始めるなど、 「ジェンダー平等と女性のエンパワーメントは、経済にとって良いことだ」という考え方が急速に広まり、経済政策や経済成長戦略の文脈で議論されるようになった。まさに「女性の活用」である。安倍政権が主導する女性活躍推進も、元をたどればアベノミクスの成長戦略の柱の一つとして打ち出された政策である。  現在、G7、G、APEC、世界経済フォーラムなど、経済に関する多国間協議の枠組みにおいても、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントは「世界経済の持続的かつ包摂的な成長の原動力」として位置づけられ、活発に議論されている。同時に、2015年9月の国連総会で全会一致で採択された「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals; SDGs)」 も重要な議論枠組みとなっている。SDGsは、持続可能な地球環境と社会を創っていくためのロードマップである。「誰一人取り残さない」というスローガンに象徴されるように「人権」「社会的公正」をベースとする枠組みであり、2030年までにすべての国で達成しようという国際目標である。17の目標の中でも、「ジェンダー平等と女性・女の子のエンパワーメント」(ゴール5)は最も重要なゴールの一つとして位置づけられている。ゴール5が掲げる6つのターゲット(1.女性・女子差別の撤廃、2.暴力の撲滅、3.未成年の結婚など有害な慣行の撤廃、4.無償ケア労働の軽減・再分配、5.政治・経済等の意思決定への参画・リーダーシップの促進、6.性と生殖の健康と権利の保障)は、先進国途上国問わず、普遍的な課題ばかりである。  W20では、「世界経済の持続的発展」というG20の共通目的と「SDGsのゴール5の実現」を議論の両輪とし、女性活躍を単に「経済成長の手段」として捉えるのではなく、ジェンダー平等を推進し、女性の主体的な参画を可能にするためにはどのような環境整備・公共政策が必要なのか、それらを各国で実行するためにG20はどのような役割を担えるのか、という論点が設定された。 3 リーダー育成だけでなくSTEM教育の必要性も論点に  W20は、議論の成果を9月の首脳会合に向けた政府間協議などの一連のプロセスや、W20以外のエンゲージメント・グループ(雇用、デジタル経済、ユースなど)の議論にフィードバックし、G20首脳声明に反映させることを目指している。W20 2016では、首脳会合のアジェンダを踏まえ、以下の4つのテーマでパネル・ディスカッションが行われた。 ①グローバル経済のガバナンスにおけるジェンダー視点 ②女性の雇用・起業・社会保障 ③デジタル経済における女性の役割 ④相互に関連し、イノベーティブな女性ネットワーク  それぞれのテーマについて、政府関係者、専門家、実務家、企業関係者らが、「現状、課題、G20に提言すべきこと」という枠組みで議論が交わした。すべてのパネル・セッションに通底していたのは、先ほど述べた通り、経済合理性の観点からだけで「女性活躍」を議論するのではなく、女性が活躍するためにはどのような環境整備・公共政策が必要なのかを議論しようという姿勢である。いくつかの論点を紹介したい。 2014年のG20サミット(ブリスベン)で首脳たちが公約として採択した「2025年までに労働参加率における男女差を25%削減する」という(25/25ゴール)に関して: 「単に女性の労働参加率の向上を目指すのではなく、『男女間の賃金格差の解消』と『質の高い雇用・職の創出』をセットで議論し、政策策定を行う必要がある」「経済政策だけで引っ張るのではなく、適切な社会政策を通じて国連女性差別撤廃条約や北京行動綱領を実行していく必要がある」 ●無償ケア労働について:女性が経済・社会参加をするにあたっての最大の障壁の一つは、主に女性たちが家庭内や地域コミュニティで、主に女性たちが無償で担っているケア労働(家事、育児、介護、看護など)の過重負担である。この労働の価値を正当に評価し、GDPに算入し、経済政策に反させること、家庭内の男女間での再分配や適切な公共政策を通じて女性のケア労働の負担を軽減していくことが必要である。 ●中長期的な視点から考える女性の経済的エンパワーメントのあり方:  グローバル化と技術革新の進展によって、雇用市場や働き方は急速に変化する。起業や就業に必要な知識やスキルも今と10年後では大きく変わるので、それを勘案して女性の経済的エンパワーメントや女子教育のあり方を考える必要がある。オートメーション化が進み、デジタル経済が拡大していくことを踏まえると、女性の「デジタル・エンパワーメント」が必要である。単にIT(情報技術)を利用するのではなく、技術革新そのものに女性が主体的に参画し、新たな技術の開発の担い手になれるような取組みである。また、それを可能にするには、STEM(科学、技術、工学、数学:Science, Technology, Engineering, Math)領域での女子教育を拡充し、男女格差及びジェンダー・バイアスを解消しなければならない。  ジェンダー平等と女性のエンパワーメントの視点に根ざした政策を策定し、実行していくためには、「立法府・行政機関・企業の意思決定ポジションにおける女性比率の向上」「意思決定ポジションやSTEM領域でのジェンダー・バイアスの解消」「デジタル経済や技術革新に関する男女別データの収集、調査、ジェンダー分析」が必要であるという議論も全体を通して交わされた。  本稿では、「経済ガバナンスにおけるジェンダー平等」と「デジタル経済における女性の役割」の2つのパネル・ディスカッションの主な論点を紹介する。 セッション1:「グローバル経済ガバナンスにおけるジェンダー視点」  登壇者は、インドネシアの女性のエンパワーメント・児童保護副大臣、イギリスの王立国際問題研究所の国際経済の調査主任、ロシアの極東連邦大学オリエンタル研究所のディレクター、中国社会科学院の世界経済と政治研究所のディレクター、ILO(国際労働機関)の労働環境・平等局のディレクター、スペインの女性・機会平等研究所事務局長、欧州委員会の専門家ら。  活発に議論されたのは、「2025年までに労働参加率における男女間格差を25%削減する」という25/25ゴールについてだった。女性の労働参加率の向上は、①GDPの増加と一人当たりの所得の向上、②格差の解消と中間層の拡大・維持(女性の労働参加率と中間層のサイズには相関性がある)、③人口動態の変化による問題(高齢者・子どもなどの従属人口の増加)の緩和というメリットをもたらす。しかし、男女間の賃金格差に象徴されるように、経済構造の中に性差別が存在している。また、意思決定ポジションのおける女性比率の低さは、適切な法整備・社会政策を通じて国連女性差別撤廃条約や北京行動綱領が充分に履行されておらず、未だに女性が無償ケア労働を過重に負担するなど、働き続ける環境が充分に整っていないことを示している。従って、性差別の撤廃や、子育てと仕事の両立のインセンティブとなる施策(母親支援、保育の拡充、子育て中の母親の間でのワークシェアリング制度などの働き方の選択肢の拡大、税制上の優遇措置、企業の取締役の女性比率の向上等)を速やかに実行することの必要性が指摘された。  これらの議論はW20の成果文書である「W20―会議コミュニケ」(注2)にG20諸国への提言として以下のようにまとめられている。 ○女性に対するあらゆる形態の差別を撤廃し、女性の経済的エンパワーメントおよび経済への参加を推進し、G20のすべての活動にジェンダーの視点を取り入れるために努力すること。 ○マクロ経済政策にジェンダー主流化を、世界経済のガバナンスにジェンダーの視点を取り入れ、ジェンダー対応予算を実施・推進すること。 ○女性に対する暴力が国家経済に及ぼす悪影響とコストを研究し、すべての女性及び女児に対するいかなる形態の暴力も防止・廃絶する法令と施策を採択し、確実に実施することによって、公共の場と私的な場での安全を確保し、女性の経済参加を促進すること。 ○公的セクターおよび民間セクターの双方において、またG20代表団の構成において、女性が意思決定を行う立場や指導的立場に同等に参加する機会を増やすため、効果的な施策を実施すること。 ○開発政策におけるジェンダーギャップを解消するため、アディスアベバ行動目標に従い、男女平等ならびに女性のエンパワーメントのための資金提供を大幅に増加すること。 ○政府および企業による包摂的な調達方針(地域とグローバルのバリューチェーンで女性サプライヤーを積極的に活用する)の遂行を奨励するため、基準データの構築、目標値の設定、進捗状況の報告など特別な施策を実施すること。 セッション3:デジタル経済における女性の役割  登壇者は、オーストラリアのグリフィス大学准教授、メキシコの国立女性研究所のジェンダー担当ディレクター、中国政府のインターネットの管理運営部門のディレ クター、アメリカの女性起業家支援企業(Quantum Leaps) の最高経営責任者、OECD(経済協力開発機構)のグローバル・ガバナンス・ユニットの政策アドバイザーら。  女性によるビジネスが集中しているサービス業・小売業では、インターネット、携帯インターネット、クラウド、ビッグデータなどが重要なツールとなっている。こうしたテクノロジーの活用は、起業のハードルを下げ、ビジネスの効率性と生産性を向上させ、融資などの金融サービスや生産資源及びビジネスネットワークへのアクセスを確保し、新たな市場や顧客へのアウトリーチやビジネス機会を拡大し、新しい製品・サービスの開発にも繋がる。しかし、ITや新しいデジタル技術の「アクセス」「活用の頻度や使い方」「サイバー・セキュリティ」「技術やコンテンツの開発」において男女間で格差がある。女性が技術革新から取り残されないようにすることと、女性の経済的エンパワーメントにデジタル経済や技術革新がもたらす恩恵をフル活用することが喫緊の課題である。  パネル・ディスカッションの中で、次のような問題提起がされた。 ○25/25ターゲットは、「女性のために1億の新たな職を」と謳っているが、重要なのは「どんな職か」という問いである。グローバル化、技術革新によるオートメーション化、ワークシェアリングなど働き方の多様化が進むにつれて、仕事の種類は確実に変化している。オーストラリアの調査は「これからの仕事の50%は、デジタル経済における職になる」と予測している。コンピューターやインターネットを操作・利用するスキルだけではなく、プログラミングなど自分で仕組みを設定する力や、新しい技術を産み出す力が必要になるだろう。 ○デジタル経済が女性の経済活動の中心的な場になっていくだろう。働く場所や時間帯の自由度が増すのでよりフレキシブルな働き方が可能になる。ネット通販などのeコマース(電子商取引)の利用者・消費者の大半は女性なので、ビジネス・チャンスも多い。しかし、「技術革新やITは男性の得意分野」というジェンダー・バイアスが未だに家庭内、教育現場、社会全体に浸透している。それがSTEM領域での女子教育の遅れやジェンダー・デバイドの要因になっている。男の子の方が早くからITを使い始める傾向にあり、8歳の時点でテクノロジーに対して自信を持っているのは男の子の方が多い。15歳の時点でIT領域でのキャリアを考えているのも男子生徒の方が圧倒的に多い。教育政策を通じて、女子のSTEM教育を進めていく必要がある。ドイツでは5年生の女子生徒がSTEM領域の大学や企業の訪問等を行う取組も始まっている。10代でのIT知識・スキルの格差は、将来の賃金格差に繋がることがわかっている。ジェンダー・バイアスや女子の苦手意識を解消するような取組が必要である。 G20の枠組みで取り組むべきこととして、女子のSTEM教育と、デジタル経済における女性のエンパワーメントを推進することが挙げられた。具体的なアクションとして、 ○G20の雇用タスクフォースで行っているデジタル・スキルに関する議論に、今回のW20での議論の成果を提供していくこと。特に、「ITやテクノロジーは男性・男の子のもの」という社会規範やジェンダー・バイアスをなくし、これからの時代を生きる女性たちがこれらの領域で教育を受け、技術を活用することを奨励するような環境づくりや教育政策が必要であるということを強調する。 ○実状に合った政策を策定するために、デジタル経済、STEM、イノベーションの領域における男女別のデータを収集し、分析すること。といった提案があった。  これらの議論は、「W20―会議コミュニケ」では、G20諸国の政府への提言として以下のようにまとめられた。 ○「新産業革命」がもたらす機会を捉え、積極的にデジタル経済に参加し、その恩恵を受けようとする女性及び女児の努力を奨励し、支援すること。 ○女性及び女児のデジタルエンパワーメントに投資し、女性が主導するデジタルベンチャーへの官民の投資を奨励すること。 ○労働市場および労働者の権利に対するデジタル経済の影響についてジェンダー分析を実施し、デジタル経済時代における女性の起業と雇用に有利な政策を実施すること。 4 日本の『女性活躍』推進への示唆  あるセッションで、「経済成長は必ずしもジェンダー平等の進展には繋がらない」例として、日本が挙げられた。現在、安倍政権の下、女性活躍推進は重要な政策課題となり、女性活躍推進法の制定・施行も含め、多くの施策が実行されている。しかし、W20での議論が示すように、「女性の力をいかに経済に活用するか」という視点だけでは不十分である。性差別とジェンダー・バイアスを無くし、女性の人権が守られ、男女共に能力を伸ばし発揮できるようなジェンダー平等社会の構築を並行して行うことが最も重要である。日本でも、持続可能な開発目標(SDGs)の枠組みでの議論がより活発化することを期待したい。なぜなら、は人権に立脚した目標であると同時に、2016年5月にSDGs国内推進本部が設置され、安倍総理が自ら本部長を務めていることからわかるように、日本においても重要な政策枠組みになりつつあるからである。また、グローバル化と技術革新がもたらす変化を見据えた上で、女性の起業・就業支援策や女子教育のあり方を検討すること、STEM領域でのジェンダー・バイアスを解消し、女子教育を推進することも喫緊の課題であろう。 注1 G20 G7  Group of Twentyの略で、G7に参加する主要先進国7カ国、新興経済国、EUで構成されるグループ。主な目的は、世界経済の持続的な発展に向けた国際経済協力の推進。 注2 Women-20 会議コミュニケ(仮訳) 中国・西安 2016年5月26日、内閣府男女共同参画局 http://www.gender.go.jp/kaigi/renkei/ikenkoukan/68/pdf/shiryou_6-3.pdf